母と二人暮らしの生活と中、嬉しかった事

体験談

こんにちは!うみ子です!

本日は、母と二人暮らしの生活の中で嬉しかった事をお話ししたいと思います!

私の母と父は私が小学6年生の時に離婚をしていて、それから7年程母と二人暮らしです。

今はかなりの父嫌いなので全く会いたいと思わないのですが、当時はやっぱり寂しくて悲しくて。

でも今思い返せば、母との二人だけの思い出は楽しかったものばかりです(^^)

その中でも母との生活で嬉しかったことをお話ししていきますので、よかったら読んでみてください♪

いつもより早く家にいる

二人の生活になってから、母はパートの時間を増やしていました。

毎日夜遅くに帰ってくることが多かったので、私が部活をしてから帰ってきたとしても、私の方が先に家にいました。

中学生の頃は周りの友達は帰ったらほとんど誰かがいて、自分で鍵を持ち歩く子は少なかったです。

私は必ず鍵を持ち歩いて、帰ってきたら自分で鍵を開けないといけませんでした。

なので家に帰ったら鍵が空いていて、そのまま中に入れる子たちがとても羨ましかったです。

でも半年に一回あるかないかくらいで、母が私より先に家に帰っている時があったんです!

母も早く帰れる日を内緒にして帰ってきているので、鍵が空いているのがわかった時は嬉しすぎてすごい勢いで家に入っていました(笑)

一緒に夕飯を食べられる

よく仕事で母の帰りが日を跨いでしまうことがありました。

週に2回ほどあって、その時は自分でご飯を用意するか、母が作り置きしてくれていたご飯を一人で食べていました。

一人ご飯の回数は少なかったものの、やっぱり二人で食べた方が楽しかったです。

二人で食べれられる時は、いろんな話をしていました!

今もその名残があって、彼との夜ご飯はなるべく一緒に食べたいなと思ってしまいます。

学校行事には必ず参加

学校行事には必ず参加してくれていました!

体育祭・合唱祭はもちろん、授業参観にも毎回来てくれていました。

必ず仕事をお休みしてくれていたし、一番張り切ってくれていました(笑)

体育祭とかに作ってくれる母のお弁当が、なんだかすごく美味しかったのを覚えています。

高校生の時、毎朝お弁当を作ってくれた

母も朝は苦手で、仕事も毎日忙しいのにも関わらず毎朝作ってくれていました。

私がこれ美味しかった!と言うと、そこから毎日作ってくれたりしていました(笑)

私のお気に入りは激甘の卵焼きです!

卵焼きがないとテンションが上がらないと話したら、絶対作ってくれるようになりました。

わがまま聞いてくれてありがとう!

誰よりも目立って応援

私は小学生4年生から陸上部で長距離をやっていました。

中学生に上がると大会の頻度も上がり、月に2、3回あった時もありました。

大会は休日にやっていたのですが、母は休日にも仕事に行っていたのですが(マジでいつ休んでるんだ?って感じ)、それも必ず休んでくれていました。

そして私のレースになると、周りもびっくりの大声で会場中に私への応援が響いていました。

他の子達からの応援もありましたが、一番聞こえてきたのは母の応援の声です。

スタンドから落ちるんじゃないか?くらい前のめりで応援してくれていました(笑)

陸上を高校3年生で引退して、母は「大会で走る姿を見るのが楽しみで生き甲斐だった!たくさん見せてくれてありがとう!」と言ってくれました。

もう走る姿は見せられないと思うけど、そんなに思ってくれてて嬉しかったです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

両親が離婚した時は悲しかったけど、母が頑張ってくれたおかげで楽しく過ごせました。

嬉しかったことがたくさんです!

今は家を出ているのでなかなか会いに行けませんが、たまに帰った時はちゃんとありがとう伝えようと思います。

本日も読んでいただき、ありがとうございました!

それでは、また次回の記事でお会いしましょう♪

うみ子

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